さよならを告げること

喪失には、「あいまいな喪失」というものがあります。
「さよならのない別れ」と「別れのないさよなら」です。

  • 「さよならのない別れ」
    家出や行方不明またはきちんとお別れができなかった死別など身体が不在になってしまった
    のに心の中にはまだその人がしっかりと存在しているタイプの喪失
  • 「別れのないさよなら」
    認知症などで意思疎通ができない状態や家庭内別居のような身体が存在するのに心の中では
    「父、母」、「夫、妻、子」としての存在が無くなっているタイプの喪失

このような複雑な状況にある「あいまいな喪失」を抱えてしまうと、悲しみも複雑化します。

父のようにある日突然亡くなってしまうと、昨日まで普通に会話していた人がある日突然目の前か
らいなくなってしまったということに心が追い付かず、亡くなったという事実をなかなか受け入れ
ることができできなくなります。
玄関から「ただいま」と言って帰ってくるのではないか?とか、「今から帰る」と連絡があるので
はないかとか?考えてしまいます。
玄関にある靴やスリッパなどを見ると、この靴やスリッパを履く人がもういないということにとて
も違和感があります。

末期がんで亡くなった祖母の場合は、告知から半年、しっかりと向き合って本人も遺族もお互いに
死を受け入れることができていたと思います。
最後を看取ったときもとても悲しかったですが、死に対して違和感はありませんでした。

この大きな違いは、「さよならのある別れ」かどうかです。
きちんとお互いが「さよなら」を告げることができた別れというのは、悲しみの複雑さがかなり違っ
てきます。

次回は、「別れのないさよなら」と「あいまいな喪失」の対処法についてお伝えします。